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| | 【2017/07/28 01:37 】 TOP▲
雑誌『EBONY』、2007年。スリラー25周年記念号。Part.2
 Part.1 からの続き Part.2


 インタビュー音声「Friendly Competition

2007年、EBONY、マイケル・ジャクソン特集Michael: 彼(クインシー・ジョーンズ)と一緒になって最初のが『オフ・ザ・ウォール』、僕らの最初のアルバムで、それでロッド・テンパートンがスタジオにやって来て、彼はこの必殺の──彼は小さなドイツ人で、ドイツのウォルムスから来た人なんだ──彼はこういうのを持って来たんだ、(『Rock With You』冒頭ビートを軽快に口ずさむ)「ドゥープダカダドゥー、ダカダカダドゥー」、こういう、『ロック・ウィズ・ユー』のメロディーとコーラス全部を持って来た。ワ~ォ!それを聴いた時、僕は言ったよ、「オーケイ、僕も本気で仕事しなくちゃ」。だから、ロッドが何か出してくる度に、僕も何か出して、僕らはちょっとフレンドリーに競争してる形になったわけさ。そういうふうに仕事するのは大好き。ウォルト・ディズニーがどうやっていたか読んだことがあるんだけど、彼らはバンビや何かアニメをやるとしたら、部屋の真ん中にシカを置いて、アニメーターに競争みたいなことをさせるんだって、色々なスタイルで描くというようなね。ウォルトが好んだみたいに、スタイルを持った人なら誰でも、そういうのを選ぶだろうね。競争みたいなことをする、それはフレンドリーなものだけど、競争なのさ。より高い試みを生み出すから。そんなわけで、ロッドが何か持ってくれば、僕も何か持ってくる、で彼はまた何か持ってきて、僕は別の何か持ってくる。そういうワンダルフルなものをクリエイトしたんだ。
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EBONY: それから、『オフ・ザ・ウォール』の後、82年の春に、あなたは『スリラー』の制作のためスタジオに戻った。

Michael: 『オフ・ザ・ウォール』の後、そこからこれら数々のナンバー・ワン・ヒットの曲が出て──『ドント・ストップ~』『ロック・ウィズ・ユー』『あの子が消えた』『ワーキング・デイ~』──僕らはグラミー賞にノミネートされた、でも僕は、そういう出来事すべてをもってしてもハッピーにはなれなかった、僕はもっともっとやりたかったから、もっともっと表現したかった、もっと自分の魂やハートをそこに込めたかったんだ。

 インタビュー音声「The Hits

EBONY: あなたにとってはそこが転換点だった?

Michael: 完全に転換点だった。僕は小さい時からずっと、作曲を学んでいた。一番影響を受けたのはチャイコフスキーなんだ。たとえば『くるみ割り人形』のようなアルバムは、どの曲も殺人的、どの1曲をとってもね。アルバムを作ると、1曲だけ良い曲があって、残りはB面扱いみたいな人が多いよね。「アルバムの曲」なんて呼ぶ。だから僕は自分に、「なぜ全曲がヒット曲になれないのかな?シングルとしてリリースされればみんなが買いたがるようなグレイトな曲に、なぜどの曲もすべて出来ないの?」 それで、僕はいつもそのために努力してみようと思った。それが僕の次のアルバムの目的だった。それが主なアイデアだったんだ。僕は必要なものだけを入れたかった。そのために一生懸命働いたよ。

EBONY: その創作の過程は、慎重に計算していた、それとも、偶然起こったような感じ?

Michael: ノー、僕はものすごく慎重にやっていたよ。意識的な、とでもいうような方法ですべて一緒にやっていたとしても、それはこの宇宙で創り出される、でも、部屋の中で一たび正しい化学反応が得られれば、魔法は起こるはずなんだ。必ず起こる。ある要素を片方の領域に置けばそれがもう片方に働いて魔法が起こる、という感じさ。サイエンスなんだ。何人かの素晴らしい人たちがそこに一緒になれば、ただただワンダフルだね。

2007年、EBONY、マイケル・ジャクソン特集でも、そう、クインシーとの仕事は、まさにそういうワンダフルなものだった。彼は経験させてくれた、己の仕事をするってことをね。彼は音楽以外のところでも十分に天才なんだ、もしも足りない要素が何かあるとすれば、彼はすぐに足しちゃうだろうね。

僕らはトラックを作って、彼の家で会って、進行中の曲を流し、彼は言ったものさ、「もしその曲が何か欲しがっていたら、曲自体が君にそれを教える。曲に語らせるんだよ」。僕はそうすることを学んだ。素晴らしい作曲家であるための秘訣は、「作」曲しないということなんだ。ただ、道を空けておく。神が部屋に歩いて入って来られるように、部屋を空けておくんだ。だから僕は曲を書いてて、これは良いなと思うと、ひざまずいて言うんだ、ありがとう、って。ありがとう、エホバ!

EBONY: 一番最近そういう気持ちになったのはいつ?

Michael: そうだなぁ、最近だよ。僕はいつも曲を書いてる。これだ、と思う時っていうのは、何かが来る、っていうふうに感じる時もあるんだ、懐胎、なんていうか、ほとんど妊娠してるとかそういうふうな。感情的になるし、何かを宿しているような気持ちになり始めて、そして、魔法がそこに!ってね。何かすごく美しいものの大爆発さ。ワォ!ってことになる。そうやって僕を通してそれは機能するんだ。ビューティフルなことだよ。12音階で行くことが出来る宇宙さ。

 インタビュー音声「Work

──(『ビリー・ジーン』の初期バージョンをアイフォンで聴きながら話すマイケル。このトラックは『スリラー』ボーナストラック追加盤に収録されている。)

僕が曲を書くときにやることはこれなんだ、不完全で、ラフなバージョン、ただコーラスを聴くため、僕がどれほどそのコーラスを気に入ってるかを見るためのね。不完全な状態でもしそれが僕に働きかけてくれば、それはちゃんと機能するって僕には分かるのさ。ほら聴いてみて、これは自宅だね。ランディとジャネットと僕がやろうとしてる、「フー、フー♪」 僕はこれと同じプロセスをどの曲でもやるのさ。メロディが一番大切なんだ。メロディに納得できれば、ラフが気に入れば、僕は次のステップに進む。僕の頭の中で良い感じに聴こえれば、たいていうまくいくんだ。大事なのは気持ちの中のものをテープの上に移し出すことだね。


Part.3 につづく 
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| 発言、インタビュー/テキスト | コメント(0) | トラックバック(0) | 【2007/11/01 01:00 】 TOP▲
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