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| | 【2024/04/27 04:53 】 TOP▲
2001年、『USA TODAY』紙のインタビュー。Part.3
Part.2 からの続き Part.3



──父親業はあなたをどう変えたの?

Michael: 多大な面でね。自分の時間をまったく別の見方で評価しなければいけない、これは疑いのないところだよ。彼らが世話を受けて、良いマナーを身につけるようにキチンと育てられるということを確保する責任がある。でも僕は、そういったことが音楽やダンスやパフォーミングの障害になることはお断りだ。僕は二つの別々の役割を演じなければならないんだ。僕は常々、大家族を持ちたかったんだ、自分が学校に通っていた頃からずっとね。僕は父にいつもこう言っていた、僕は父さんを負かすよ、とね。彼には10人の子どもがいた。僕は自分の子を11人か12人持ちたいな。

──子どもたちには何を教えているの?

Michael: 敬う気持ちを持って、気高く、誰に対しても親切に、彼らがしっかりとそうなってくれるように努めてる。僕は彼らに言うんだ、何をやるにせよ、一生懸命やりなさい。人生をかけてやりたいこと、(それが何であれ、)そこで最善を尽くしなさい。

(プリンスが大きく目を見開いている。「僕を見つめないでよ」と、笑いながらマイケル。)
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──そして、子どもたちはあなたに何を教える?

Michael: 多くを。(親であることは)聖書が常に僕らに教えてきたことを行うことを気づかせてくれる。十二使途たちが、彼らの中で誰が一番偉大かということを議論していた時、イエスの見方によれば、彼は「あなたたちの中にはいない」と言って、小さな少年を呼んできてこう言った、「あなたがこの子どものように自身に謙虚でない限りは」。親切であれ、謙虚であれ、子どものような驚きに満ちた目で物事を見るように、ということを思い出させてくれる。僕は今もそうだ。僕は今でも雲や夕焼けに魅了されてる。僕は昨日、虹に願いをかけたよ。僕は流星群を見た。僕は流れ星を見るたびに毎回願い事をしているよ。

──あなたの望みは?

Michael: 子どもたちへの平和と愛。(プリンスが振り向き、熱心に凝視する。「やめてよ」とマイケル。優しくプリンスの頭を向こうへ向ける。「じっとしていられる?」)

──あなたは子どもたちのために自宅内の学校を作る計画だと言っています。あなたの有名さのもとで、彼らにどうやって普通の暮らしを提供しているのですか?

Michael: 出来るだけの最善を尽くす。彼らを他の子どもたちから孤立させない。(敷地内の)その学校には他の子どもたちも入ってくるだろうと思う。僕は彼らを世界に、外に出させてあげるよ。でも彼らは、常には僕と一緒には行けない。僕たちは取り囲まれて攻撃されてしまう。アフリカに行った時、プリンスは大きなショッピング・モールの中で群衆の攻撃を見たんだ。人々はたくさん物を壊して、走ったり叫んだり。僕が最も恐れているのは、ファンたちが自らを傷つけてしまうことで、そうなってしまった。僕はガラスが割れるのを見たし、血や、救急車もね。

──あなたはそういったスターダムが自分の子ども時代を盗んだことに憤慨を?

Michael: うん。怒りではなくて、痛みだね。人々は遊園地での僕を見たり、他の子どもたちと遊んでいるのを見たりして、止めたりはせずにこう考える、「彼は幼い時にはこういったチャンスが持てなかったんだ」。僕は普通の子どもの楽しみを経験する機会が持てなかった。お泊り会とか、パーティ、トリック・オア・トリート。クリスマスもなし、祝日のお祝いもなし。だから、今そういった損失の埋め合わせをしようとするものなんだ。

──あなたのお父さんとは、平和を取り戻した?

Michael: とても良くなったよ。僕の父は今はずっと良い人なんだ。彼は、自分の子どもたちやすべてのことを、認識したんじゃないかと思う。家族がなければ、何もない。彼は良い人間なんだ。彼が姿を見せただけで僕たちが恐怖に襲われたことも一度はあった。僕たちは死ぬほど怖かった。彼は本当に良い方に変わったんだ。遅くはなかった、ということなら良いなと思う。

──音楽は、子ども時代の悩みからの逃げ場になった?

Michael: もちろん。僕たちは絶え間なく家の中で歌った。僕たちはお皿洗いしながらグループ・ハーモニーで歌ったんだ。僕たちは仕事しながら歌を作ったものだよ。それが偉大なものを作ったのさ。そういった悲劇、そこからくる痛みを持っていなくてはいけないんだ。それが道化師を偉大にせしめるものなんだ。仮面の裏で抱える痛みを、彼が人に見せることはけっしてないんだ。彼は外面的に別の何かなんだ。チャップリンはそれを、他の誰よりも素晴らしく、美しくやり遂げた。僕もそういった瞬間を演じ切ることが出来る。僕は何度も火の中をくぐり抜けて来たんだ。

(プリンスが戻る。彼はキング・オブ・ポップをぼんやり眺めるために椅子に寄り掛かる。「僕を見ないでよ」と懇願するマイケル、このいたずらっ子の凝視に明らかに狼狽している。「君は楽にさせてくれないんだね」 二人ともくすくす笑い、マイケルはじらしながら警告する、「お菓子がもらえないかもしれないよ」)

──あなたの宗教的信念と、あなたの音楽やダンスのセクシーな面は、衝突したことがありますか?

Michael: ノー。僕は愛情について歌う、もしも人々がそれを「セクシー」と解釈したとしても、それは彼らがそう感じるということだ。僕は一部のラッパーたちのように悪い言葉はけっして使わない。僕は彼らの作品が好きだしリスペクトしている、でも、僕自身はもっと多くのリスペクトを、親たちや母親たち、年配の方々に抱いていると思う。もしも僕が歌のなかで悪い言葉を使って、観客のなかに年配のレディが見えたら、身がすくんでしまうよ。

──でも、あなたのトレードマークである「股間つかみ」の動作は?

Michael: あれは『BAD』でやり始めたんだ。マーティン・スコセッシがニューヨークの地下鉄でショート・フィルムを監督した。僕は、音楽が僕にどうすればいいのか語らせるんだ。彼がこう言うのを覚えてるよ、「グレイトなテイクだったな!君に見てほしい」。それで、僕たちは巻き戻しボタンを押して、僕はあーー!となったのさ。僕は自分がしていたことに気がついてなかった。でも、それから他のみんながそれをやり始めて、マドンナもね。でも、性的なものじゃ全然ないんだよ。

──この頃は自由な時間はどのように過ごしてる?

Michael: バカなことするのが好きだよ。ウォーター・バルーン・ファイト、パイ投げ、卵合戦。(プリンスの方を向いて)良いとこに来たね!僕は自分がそういうものを卒業するなんて一度も考えたことがない。僕は家に、ウォーター・バルーン要塞を建てたんだ、赤チームと青チームの2サイドがあってね。水を60フィート撃てる大砲があるし、風船を飛ばせるスリングショットもある。隠れ場所になる橋なんかもある。大好きさ。

──ショービジネスの世界で38年、ファンはいまだにあなたに群がります。誉めそやされることには免疫が出来た?

Michael: いつも良い気分だよ。僕はけっして(褒められるのが)当然のことだとは思わない。僕はけっして、プライドで思い上がったり、隣の家の人よりも自分が優れてるとは考えない。愛されることは素晴らしいことだ。それが僕がこれをやるメインの動機なんだ。僕はやらないわけにはいかないような気がするんだ、人々に逃避感、目や耳を楽しませることを与えることをね。それが僕がここに存在する理由だと思う。
【END】
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| 発言、インタビュー/テキスト | コメント(0) | トラックバック() | 【2001/12/14 00:48 】 TOP▲
2001年、『USA TODAY』紙のインタビュー。Part.2ホーム『Shout』 (2001年シングル、『Cry』カップリング)
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