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| | 【2017/06/23 05:36 】 TOP▲
2005年3月、Jesse Jackson師によるインタビュー。Part.3
Part.2 からの続き Part.3 「マイケル、ムーンウォークはどこから来たの?」


 Rev. Jackson interviews Michael Jackson part.3(インタビュー音声、MP3)

Rev. Jackson: こういう驚きの成長を経て、君は史上最大のレコード売り上げのアーティストとなった。我々が「グラウンド・ゼロ」と呼ぶ期間から、作曲における君の成熟期までを振り返ってみる。作曲を学ぶ上で、君に一番大きな影響を与えたのは誰?君はすごく良く作曲するね。
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Michael: 作曲を学ぶ上で僕が受けた偉大な影響。僕はラッキーだったんだと思うね。僕の意見では、僕がファクトリー(ミラ注・・・当時モータウンには良質のポップスを量産する体制が整っていて、その手法から「ファクトリー=工場」と呼ばれた。)に入っていくと、そこには60年代当時の最高のソングライターたち。ホランド、ドジャー、モータウンのホランドね。この二人は天才だった。ラモント・ドジャーと、エディー・ホランドだよ。この人たちはアメイジングだった。彼らが素晴らしいシュープリームスのヒット曲すべて、フォー・トップスのヒット曲すべてを書いたんだ。彼らはただもう驚きだった。で、僕は彼らと仕事しながら学ぶようになった。それからもちろん、ビートルズのものも大好き。僕は実際、ビートルズの音楽が大好きなんだ。僕はショーの曲のライターたちが大好き。リチャード・ロジャース、オスカー・ハマースタイン、レナード・ロウ、ハロルド・アーレン、ジョニー・マーサー、こういったショーの曲の。僕はメロディが好きなんだ。素晴らしいアイルランドのパブ・ソングが大好き。イギリスのメロディが大好き。アフリカのリズム。それがリズムのルーツだね。それが僕の好きな音楽さ。それが僕の好きな世界の音楽、すべての音楽は明らかにそこから来ているんだからね。アフリカは音楽だ。源なんだ。万物の夜明け。避けられない。それが僕自身についてすべてのことだよ。

Rev. Jackson: すごくたくさん、こういったステージを経験しながら、君は作曲や歌やダンスを始めた、ダンスのコーチなんかを受けたことはあるの?

Michael: あのね、僕はこれまで一度もダンスを勉強したことはないんだ。僕にとっては、いつも自然にやって来るんだ。小さい頃いつも、どんな音楽でも流れ始めると、それは僕を座らせてはおかないのさ。それは僕を縛って座らせてはおかないんだ、実際ね。今でも、誰かがビートをプレイすれば、僕は作動して、聴こえるビートに合わせてリズムを刻み始めるよ。ごく自然な本能なんだよ。教わってはいない。フレッド・アステア、彼は僕の良い友達だけど、それからジーン・ケリー、彼らはいつも僕のダンスへの可能性に驚いていたものさ。僕が小さい頃、フレッド・アステアはいつも僕に言った、僕が特別なスターになるだろうということが彼の心には分かるんだ、とね。僕はただ、何を言ってるんだろう?と思いながら彼を見ていたものだよ(笑)。でも、彼はわかったんだね。

Rev. Jackson: マイケル、ムーンウォークはどこから来たの(笑)?

Michael: ムーンウォークは、ひとつのダンスなんだ。僕の発明だと言いたいところなんだけど、でもそれは出来ない、ここでは完全に正直でいなくちゃいけないからね。ゲットーの黒人の子どもたち、彼らは地球上で最も奇跡的なリズムを持ってる。冗談は言ってないよ。僕はそういった黒人の子どもたちを見ていて多くのアイデアを得るんだ。彼らは完璧なリズムを持ってる。ハーレムをただ通って行くだけでも、思い出すのは、70年代終わりか80年代初め、僕はそういったキッズたちがストリートでダンスしているのを見た。僕はキッズたちがその、後ろの方へ滑っていく、ある種のイリュージョン・ダンスと僕が呼んでるものをやっているのを見た。僕は心の写真を撮ったのさ。それを心のムーヴィーに。僕はエンシノの自分の部屋に上がって行って、すぐにダンスを始めて、それをクリエイトして完璧に仕上げた。でも、それは明らかにブラック・カルチャーから発生したものなんだ。間違いなく。それが起源だよ。

Rev. Jackson: じゃあ、君が踊っていた話とのつながりで、ドン・コーネリアスの『ソウル・トレイン』は見たことあるかい?

Michael: オゥ、あのショーは大好きだよ。ご冗談を、もちろん観たよ。僕は『ソウル・トレイン』のラインを待ちわびたよ。人々が壁を作るように列になって、ダンサーがその真ん中に入って、歌に合わせて踊るんだ。それは彼らに、才能や、身体の創造性を用いて何が出来るかということを人に見てもらうチャンスを与えていたんだ。僕は緊張しながらそれを観ていたものだよ、もうただ見ていたよ!僕は魅了されて、リズムやダンスを研究したよ、もちろん。もちろん僕は見ていたよ(笑)。

Rev. Jackson: マイケル、こうやって振り返ってみて、君はゲイリーでのグラウンド・ゼロから上昇し始めて、いろんな意味で君は、子どもの身体をした大人の男になった、つまり、君はまったく体重を増やしてないね!どうやって保っているの?

Michael: (笑)僕は一度も大食いだったことはないよ。僕は──ちょっと秘密を言うけどね、言いたくはないんだけど、僕は一度も、大食いとか食べ物が大好きな人だったことはないんだ、とはいっても僕は感謝してるんだよ、食物に、神の贈り物に、いかに神が僕たちに食べる物を与えて下さっているかということに対して。でも、僕の母はいつも僕には手こずっていたんだ、僕の人生ずっとね、何とかして僕に食べさせようと・・・エリザベス・テイラーも僕に食べさせてくれたものさ、時には手で僕に食べさせて、なぜなら僕は──僕はたしかに食べることに問題を抱えていたし、でも僕は、僕は自分なりのベストを尽くしたし、それに、僕は食べているよ、うんそうとも!だから、僕は──お願い、僕が飢えてるなんて誰にも思って欲しくないんだ、僕は・・・

Rev. Jackson: でも君は・・・

Michael: 僕の健康は実際、完璧なんだ。

Rev. Jackson: 君はこの体重を維持してきたんだ、それは人々が最も羨んだり、すごくエキサイトすることで・・・

Michael: ノーノー、僕の健康は実際に完璧で、総体的な自然食品や食事の大の信奉者だし、ハーブとか色々ね。西洋の化学的なものではなくて、神さまの薬をね。

Rev. Jackson: マイケル、キャリアを振り返ってみて、君は少なくともゲイリーでの5年生まで、そしていかに君たちが矢継ぎ早にビッグヒットを生んだか、ということを覚えている。君にとって、最高の時といえば何を思い出す?私は毎週ゲストに最高の時を尋ねるんだ。『スリラー』かもしれないし、『ビート・イット』かもしれない、パフォーマンスのいくつかかもしれないけど、君にとっては、最高の時は?

Michael: 最高の時の一つは、あぁ、言わなきゃね・・・僕は82年以前、80年代初めを思い出すからね。僕は『オフ・ザ・ウォール』というアルバムをやって──

Part.4 へ続く 
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| 発言、インタビュー/音声あり | コメント(0) | トラックバック(0) | 【2005/03/29 02:42 】 TOP▲
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